インチョン戦略に関連して

2016.5.21
TCI-Asia報告会in京都当日資料


UNECAPとアジアの精神障害者


桐原 尚之 (全国「精神病」者集団運営委員)     
長谷川 唯 (日本学術振興会特別研究員/京都府立大学)

 

1 仁川戦略の前史


1.1 障害者が主導権を得るまでの過程
・国際障害分類ICIDHの採択→リハビリテーションインターナショナルRIから障害者部会が脱退し障害者インターナショナルDPIを発足、第1回大会(於:シンガポール)。

 

 
・国際障害者年(1981年)。国連は各国に取り組みを求めた。
・障害者に関する世界行動計画(1982年)。
・国連障害者の10年(1983年~1992年)。国連は各国に対して国際障害者年で到達できなかった課題を10年という長期的スパンの中で完全に解決することを求めた。
・障害者の機会均等化に関する基準規則(1993年)。
・障害者の機会均等化に関する基準規則モニタリング委員会の設置(1995年)

1.2 日本の取り組み
・障害者団体:国際障害者年日本推進協議会、現在の日本障害者協議会JDの結成(1981年4月)。DPI日本会議の結成(1986年)。
・政府:国際障害者年推進本部の設置(1981年)、本部長が内閣総理大臣の障害者対策推進本部の改変(同年4月)、障害者施策推進本部と改称(1996年)、障がい者制度改革推進本部に改称(2009年)。
・国連障害者の10年の終了前後に日本国内の関係者が中心となってアジア地域の外交を始め、日本政府の出資によるアジア太平洋障害者の10年(1993年~2002年)が国連アジア太平洋社会経済委員会UNESCAPの下で実施された。更に2002年のUNESCAP総会で日本政府の提案により10年の延長が決議され、第二次アジア太平洋障害者の10年(2003年~2012年)が開始された。
・障害者権利条約コンセンサス案の採択(1999年)と「障害者権利条約特別委員会」の設置(2001年12月)
・UNESCAPによる「障害者権利条約に関する地域ワークショップ」の実施と「障害者の権利及び尊厳の促進及び保護に関する包括的な国際条約を起草するためのバンコク草案」の提案(2003年10月)。
・障害者権利条約作業部会(2001年~2006年)に日本政府代表団を送り込む。
・第6回DPI世界大会(2002年)を札幌で開催。同時期、支援費制度削減と障害者自立支援法のグランドデザインが示され、従来対立関係にあった障害者団体も共闘し、全体として反対行動に決起する(2003年)。
・日本障害フォーラムの結成(2004年)
結成当初の会員:(社福)日本身体障害者団体連合会、全日本手をつなぐ育成会、(財)全国精神障害者家族会連合会(2006年破産脱退)、(財)全日本ろうあ連盟、(社福)日本盲人会連合、日本盲ろう者協会、(社)全国難聴者・中途失聴者連合会、(特活)DPI日本会議、全国「精神病」者集団、日本障害者協議会、(財)日本障害者リハビリテーション協会、(社福)全国社会福祉協議会

1.3 国内障害者団体と国際障害者団体の関係
・障害者権利条約の作業部会、特別委員会(全6回)に障害者団体が参画した。
・8個の国際障害者団体が連帯して国際障害者同盟IDAを結成し、IDAは障害者権利条約の策定に関わる国際障害コーカスIDCに中心メンバーを送りこんだ。
・すなわち日本国内の支部となる全国組織が中心となってJDFを結成した。
・JDF国際委員会の一員として国内障害者団体と連帯して国際的な活動に関与した。

 


 


2 仁川戦略草案への関与


2.1 仁川戦略草案に対する取り組み
・ネパール在住のWNUSP理事Matrika Devkotaの脱退後にESCAP外交の担い手が空席状態となり、このままだと再び精神障害者が不在のまま進んでいくことになるという問題意識があった。
・ESCAPの監視機関と並列して国際協力機構JICAの予算を獲得してアジア太平洋人権裁判所DRTAPを作るNGOの構想に対して賛意があった。
・世界精神医療ユーザー・サバイバーネットワークWNUSPのメンバーとしてESCAPのハイレベル政府間会議に出席できるように方針を立てて(註…参考資料1)交渉する→理事会で承認を得て参加をする。
・ESCAPにおけるハイレベル政府間会議(2012年3月)→ 獲得目標:【a】15の市民社会側の団体が連帯して草案修正意見書を提出する。【b】仁川戦略を評価基準とした各国政府の実施状況の監視体制を求める。【c】監視機関を設置し障害者団体が成員となる。

15の市民社会の組織:
  1. Disabled Peoples’ International Asia-Pacific
  2. Inclusion International (II) Asia-Pacific
  3. World Blind Union (WBU)
  4. World Federation of the Deaf (WFD) Regional Secretariat for Asia and the Pacific
  5. World Federation of the Deafblind (WFDb) Asia and the Pacific
  6. World Network of Users and Survivors of Psychiatry (WNUSP) Asia-Pacific
  7. Asia and Pacific Disability Forum (APDF)
  8. ASEAN Autism Network
  9. ASEAN Disability Forum
  10. Pacific Disability Forum (PDF)
  11. South Asian Disability Forum (SADF)
  12. Asia-Pacific Development Center on Disability (APCD)
  13. Community-based Rehabilitation (CBR) Asia-Pacific Network
  14. DAISY Consortium
  15. Rehabilitation International (RI) Asia-Pacific

・仁川戦略最終案では【a】【b】【c】が一応反映され、ワーキンググループ(監視機関)の構成員は15の政府、15の市民社会の組織、合計30名で構成することとなった。市民社会の組織の条件は、国連社会経済委員会ECOSOC討議資格を有していること、アジア太平洋地域の国を跨いだ組織であること、優先的に配慮するべき事項は障害当事者団体であること、実績があること、仁川戦略草案の過程に関わっていること、など。
・ESCAPにおけるハイレベル政府間会議・最終年会議(2012年11月)→ 結果:【a】修正の上で仁川戦略が採択される。【b】ワーキンググループにはWNUSPを含む19の市民社会の組織が立候補をしてしまう。【c】JDFとして“震災と障害”をテーマにサイドイベントを実施する。【d】APDF国際会議の場においてティナ・ミンコウィッツや桐原が登壇し、オーヤンら韓国の精神障害者の活動家と出会う。

★仁川戦略10の目標:
目標 1  貧困を削減し、労働および雇用の見通しを改善すること
目標 2  政治プロセスおよび政策決定への参加を促進すること
目標 3  物理的環境、公共交通機関、知識、情報およびコミュニケーションへのアクセスを高めること
目標 4  社会的保護を強化すること
目標 5  障害のある子どもへの早期関与と早期教育を広めること
目標 6  性(ジェンダー)の平等と女性のエンパワーメントを保障すること
目標 7  障害インクルーシブな災害リスク軽減および災害対応を保障すること
目標 8  障害に関するデータの信頼性および比較可能性を向上させること
目標 9 「障害者の権利に関する条約」の批准および実施を推進し、各国の法制度を権利条約と整合させること
目標10  小地域、地域内および地域間の協力を推進すること

2.2 ワーキンググループとサイドイベントに関する行動
・エントリーした19の市民社会の組織のうち、1団体は要件不適格で対象外、もう1団体は欠席したため辞退扱いとなり、最終的には17団体がエントリーした。
・ESCAPは市民社会の組織と協議する場を設ける(2013年4月)→ 市民社会の組織同士で対話し、15団体に絞り込むとのこと。WNUSPはECOSC特別討議資格を有し、アジア太平洋地域ブロック組織があり(?)、IDA加盟組織の実績ある障害者団体であることからスムーズに入ることができた。
「ASEAN Autism Network」と「Community-based Rehabilitation (CBR) Asia-Pacific Network」が辞退を宣言し、「DPO United」「Central Asian Disability Forum」がメンバーとして選ばれた。
・APCDの二宮さん・佐野さんは精神障害者の団体を支援する意向があるとのことで、桐原はサイドイベントを開催する方向で内部調整する意向を示した。その後、予算(科学研究費特別研究員奨励費等)の獲得に向けて具体的に準備を始める。
・桐原はアジア太平洋地域のネットワーキングのため個別に連絡をとる。すでにバーガビがアジア太平洋地域でネットワーキングしていた部分で仁川戦略のためのネットワークをメーリングリスト上で作れないか打診する。
・ESCAP総会(2013年5月)にてワーキンググループの設置を正式に決定。
・ESCAPはプレワーキンググループを招集(2013年11月)→ このときにワーキンググループの運営のルールが決まる。WNUSPからは桐原が立候補するも、インドのバーガビが出席する。桐原は出席できなくなったためバーガビと佐野さんにAPCDとの共催によるサイドイベントの件で引き継ぎの連絡をする。
・アジア太平洋地域のメンバーを中心とした仁川戦略ML立ち上げ計画は方針提起のやり直し・各国の事情を踏まえたやり方ではない国際組織としての統一方針の起草を複数回命じられるなど不当な妨害を受けたためWNUSPとしての総意を得られるまでに至らなかった。(※近年、精神衛生法規のない国の問題がようやくバーガビらによって議論の俎上に上がり、統一方針によらない方向の妥当性が確認されつつある。また、無用な対立を避けるためにバーガビは、14条や17条ではなく19条を争点にして統一方針の起草に向けて動き出している。)
その後、バーガビは独自に進めてきたネットワーキングをWNUSPとは別の組織として立ち上げる方向で動き出す。
・TCI-Asia準備会を経てTCI-Asiaの結成(2014年11月)。桐原は足の靭帯を損傷して出席できなかった。
・ESCAP第2回ワーキンググループの際にTCI-AsiaとAPCDの共催によるサイドイベントを実施する(2015年6月)。ESCAP第3回ワーキンググループにおいてWNUSP、APCD、TCI-Asiaの三者でサイドイベントを開催する(2016年3月)。

2.3 課題
・今後はWNUSPと協力して日本政府の実施状況を問題化する。
・とりわけて注意する点は、出資国の1つである日本のイニシアティブが植民地主義的な運用にならないように細心の注意を払って取り組むことではないかと思われる。
・中間年のハイレベル政府間会議におけるアクションを立案する。
・アジア太平洋地域における精神障害者の連帯を実現する。TCI-Asiaの会議を日本で開催するための予算獲得など。


《参考資料1》
Draft for WNUSP opinion at Regional Preparatory Meeting Bangkok 14-16 2012

First of all, thank you very much for giving me an opportunity to speak at this important meeting.
このたびのUNESCAPの会議で発言の機会を頂けたことに心より感謝申し上げます。

We users and survivors of psychiatry have been discriminated and excluded in whichever country we live or under whatever culture we live. Many mental health acts in various countries provide involuntary commitments and not a few of us are infinitely detained under an existing mental health act. It is not just a story but our reality. People in a lot of counties believe a hypothesis that there must be some abnormality in a brain of a person with mental disabilities and he/she cannot communicate his/her thoughts clearly. This hypothesis has given a ground for involuntary commitment. We have suffered psychotropic medication and electro convulsive therapy that are very intrusive and irreversible treatments to transform our mentality without any informed consent.
 我々、精神医療ユーザー/サバイバーは、異なる国、異なる文化であっても、同じように差別と排除を受けてきました。各国の精神衛生法規の多くが、強制的な収容の手続きが定められており、それによって現に無期限の収容を余儀なくされている仲間もいます。多くの国では、精神障害者の脳には異常がある、意思疎通ができないという仮説を信じて、それを強制収容の根拠にしてきました。そして、侵襲性の高い非可逆的な治療として、精神を変容させる薬物の投与、電気ショック、身体拘束などが、インフォームドコンセントなしに行われている実状を目てきました。

CRPD was adopted by the Sixty one of General Assembly in December 2006. Article 12 of CRPD provides “Equal recognition before the law”. A person shall not be excluded from any aspects of life on a medical ground, for example inability to communicate his/her thoughts clearly. Article 14 of CRPD articulates that a person shall not be deprived liberty because of his/her mental impairment. CRPD is a human rights convention. Human rights are universal value for humankind. Every country is required to act together in accordance with International Human Rights law.
Now, it will be necessary for us people in Asia and pacific countries to demand to ratify CRPD. Goal 9, November 29th 2011, clearly provides that Accelerate the ratification of the Convention on the Rights of Persons with Disabilities and harmonization of national legislation with the Convention. I think that it is especially significant that the draft of Inchon Strategy three, December 16th 2011, provides Report of the regional stakeholder consultation for the High-level intergovernmental meeting on the final review of the implementation of the Asian and Pacific decade of Disabled Persons 2003-2012 (Second Session). It is not enough to ratify CRPD to reform domestic laws and policies so as to protect and promote human rights for persons with disabilities. It is impossible to appeal higher court by reason of violation of a ratified human rights convention under Japanese criminal and civil procedure law. Thus we have to construct a human rights mechanism that has function for examination and judgment under international human rights law in this reformation. I think a mechanism that deals with individual cases would work more effectively. Regional Disability Rights Mechanism, such as DRTAP: Disability Rights Tribunal in Asia & Pacific, will be helpful mechanism for implementation and harmonization of CRPD. Especially abolishment of deprivation of liberty because of a disability (Article 14-1- b of CRPD), recognition of a legal capacity on an equal basis with others in all aspects of life (Article 12-2), protecting the integrity (Article 17) and freedom form torture or to cruel, inhuman or degrading treatment or punishment (Article 15) are extremely important provisions for users and survivors. Regional Disability Rights Mechanism needs to adhere to the highest standards including the CRPD, the jurisprudence of the CRPD committee, and the report of the Special Rapporteur on Torture on "torture and persons with disabilities" of July 2008.
 2006年12月、第61回国際連合総会にて障害者の権利に関する条約(CRPD)が採択されました。CRPDは、第12条で法の前の平等を謳っており、意思疎通ができないなどの医学的理由によって、法律行為の場から排除されないことを規定しています。第14条では、精神病(Impairments)を理由に身体の自由を奪われないことを明記しています。障害者の権利に関する条約は人権の条約です。人権は、人類にとって普遍的な概念であるといわれます。各国世界は、障害者の人権のために協力して、国際人権法を基準に行動していくことが求められています。
今、アジア太平洋の諸国がCRPDを批准していくことを進めていく必要があるでしょう。2011年11月29日には、ゴール9として障害者権利条約の批准・実施促進と国内法との一致の促進が明記されました。とくに、2011年12月16日に出されたインチョン戦略草案の骨格にCRPDの実施を支援する仕組みの検討が書かれたことは大きいと思います。CRPDの批准だけでは、直ちに障害者の人権に配慮した実質的な国内法の整備に結びつくとはいえません。障害者の人権に配慮した実質的な国内法の整備にあたって、各国の協力のもとに、国際人権法にのっとり裁定・審査していく機能が求められるでしょう。とくに、個別の事例にも対応できるような仕組みであれば実効性のあるものになると思います。人権審査機関は、法曹関係者中心に進める従来の裁判所と異なり、当事者団体が中心で進めることができます。CRPDの推進に障害者団体が関わるうえで有効な手段となり得ます。

It is indispensable for users and survivors to be involved into every policy decision-making that is relevant to them. Goal 2 provides that Promote participation in political processes and in decision making. It has been typical that family members of users and survivors substitute for them in participation in policy decision making. A opinion of a family organization has sometimes been taken priority over that of users and survivors’ organization where their opinions are different. An opinion of a users and survivors organization has to take top priority on issues about them though we do not reject a family’s participation. Family organization should speak on their own issue.
 One of the purposes of ESCAP is protect and promote human rights. Cooperation by Asia and Pacific countries to promote implementation of CRPD and to achieve our Goals in the New Decade is strongly expected. All member states and public sectors in Asia and Pacific enterprisingly have to fund a regional disability rights mechanism to implementation of CRPD and accomplishment of INGOT.
After the Decade for Persons with Disabilities, Asia and Pacific region launched our action first among all regions and we have made great movements of the Decade for persons with disabilities in Africa and also in Arab. Showing a good leadership, how effectively can we make CRPD work? We will be challenged during the next decade.
 CRPDの批准・履行に限らず、ユーザー/サバイバーに係る全ての政策の決定の場において、ユーザー/サバイバーの参画が不可欠となります。インチョン戦略草案ゴール2には、政治参加と意思決定のプロセスの参加促進が書かれています。これまで、ユーザー/サバイバーのことを、その家族が代弁するような政策の参画のあり方が目立ってきました。また、ユーザー/サバイバーの家族会がユーザー/サバイバーの団体と異なる見解を示した場合、家族会の意見が優先的に政策に取り入れられるような場面もありました。家族の参画を拒絶するものではありませんが、あくまで、家族会は家族のことを意見すべきであり、ユーザー/サバイバーの問題は、ユーザー/サバイバー団体の意見が最優先されなければなりません。
ESCAPは、その目的に権利が含まれています。アジア太平洋障害者の10年第三次10年は、CRPDの推進を基本として、その実効性を機能させていくために、アジア太平洋各国が協力していくことを望みます。
障害者の10年以降、アジア太平洋がいち早く行動し、今の、アフリカ障害者の10年、アラブ障害者の10年と大きな流れを作りました。アジア太平洋のリーダーシップで、CRPDをどこまで生かせるのか。次の10年はそれが試される10年だと思います。

World Network of Users and Survivors of Psychiatry
《参考資料2》
Draft for WNUSP opinion at CSOs Informal Session, 23 April 2013, Bangkok

1. Post-MDGs
We like to add human rights for disabled peoples in a Post Millennium Development Goals.

2. Working Group of the Inchon strategy
On October 31, 2012, Inchon strategy was adopted in a High-level Intergovernmental Meeting adopted the Ministerial Declaration on the Asian and Pacific Decade of Persons with Disabilities, 2013-2022.
The Inchon strategy prescribed in “Working Group on the Asian and Pacific Decade of Persons with Disabilities”. A member of the working group is 15 from members and associate members and 15 from civil society organizations. However, the civil society organizations hoping for participation in working group has 18 groups. Therefore, with 15 committees as Working Group members, This 3’s civil society organizations like to allow participate as observer.